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社会人失格

外資系金融で生きてきた。
3年間。

ハゲタカらしく獲物の味と栄養価を見抜く手法や
ハイエナらしく美味しそうな獲物に躊躇なく群がる覚悟
ハクチョウの振りして、水面下で必死にバタ足する根性
ハンターたるオフィサーから、草食獣たるアナリストとして生き延びる生活が
ハイスペックなサバイバル術を強要してくれたおかげだろう

でも、だからこそ、できないことも多い。
そのうちのひとつ。


「印鑑が押せない」


ホンノ軽い気持ちで押してみたのが間違いだった。

「本当に社会人ですか、あなた???」

そんな相手の視線を痛感しつつ、何度押しても右下が欠けてたり、滲んだり、、、
完全な印章を形成できない僕は、日々ハンコを押している日本企業人からすると「人間失格」に見える様だ。

「いつもサインなもので、、、、」

苦しい言い訳に対して、相手の目は雄弁に心情を伝えてくる。

「・・・そんなことは、課税ベースと国籍を海外に移しても、過剰保護の日本社会と同程度の生活・娯楽水準を保てる資産を形成してから言ってよね。後漢の光武帝から金印貰って以来、日本列島における公式証明は印鑑なのよ!」


・・・失敗と捨印を含めて50回くらい押したけど、結局ホモサピエンスとして認めてもらえたのは最後の数個だけだった。。。




昨日はそんなことがありました。
何気にちょこっと凹んだ気がします(^^;



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早くも迷走?

...2日目にして早くも壁にぶち当たってます。


「Blogって何を書く場だっけ???」


とりあえず今までの第三者的観察結果からすると

・通常の日記
・趣味の話(映画/レストラン/スポーツ etc.)
・社会問題や個人的関心事項に関する考察
・特定のテーマに関する専門的説明

等が多い気がするのですが、世界中の誰もが理論的にはアクセス可能なことを考えると、有名人でもない以上本当に何気ない日記の公開や私情の吐露を行うのは個人的には気がひけるし、よっぽど自信があるテーマ以外に関しては専門的な講釈を述べるのも微妙な気もします。趣味の話は興味が合う人が見てくれれば意味があると思いますが。。。

・・・こんなんことを悩むあたり既に初心者感/時代遅れ感満開な気もしてきたので、とりあえず希少性があり、開発問題に興味がある人には付加価値がありそうな、
マサイ族向けCommunity Development Projectでのインターンシップ記録1週間分を追加します。生まれて初めてNGOの地域開発現場に足を踏み入れた若き日の自分の興奮が良く現れていて、ちょっと懐かしい感じです(^^;

また、金融関連の情報は3月に次職が始動してから書くことにします。
Buy SideからSell Sideに移行したことで起こるであろう、自分の認識/知識不足に対する個人的復習及び、同業界にいる人に対しては多少の情報共有にもなるかと思います。


・・・で、結論としては、2月中は先日再訪した上記NaningoiProjectの進捗を記録したいと思います。

うーん、「面白い」Blogって難しいんですね(^^;
今まで運営を続けている世界中の管理者の皆さんを尊敬すること一塩の一日でした。

始点 - Origin

いらっしゃいませ。


ひょんなことからできた1ヶ月の休暇を活用して、Blogを開設することにしました。何分筆不精なもので更新頻度は不明ですが、現在想定される内容としては、

・開発問題(特にケニア及びマサイ族)関連
・投資銀行関連
・ヘッジファンド関連
・その他何気ない日々の記録

等が挙げられます。

尚、不特定多数の方への配慮は可能な範囲で行いますが、万が一気に入らない内容があった場合は平にご容赦願います。


さて、とりあえず記録の意味も込めて2002年にケニアにてChristian Children's FundというNGOで行った、マサイ族向けCommunity Development Projectでのインターンシップ記録を1か月分掲載します。(続きは今後、順次追加していく予定です。)

因みに当時はBlogという便利な媒体が存在しなかった為、eGroupsの共有フォルダを使用していました。ここから当時の日記や所属NGOであるChristian Children's Fundや、AIESECに向けた報告書等もダウンロード可能です。

僅か3年半で個人にとっての情報発信/蓄積媒体がこれだけ進歩したことに驚くとともに、ということは3年半後にはBlogという形態も時代遅れになっているのか、などと考えると面白い気がします。


また、直近ではつい先日再訪した上記Christian Children's Fundのマサイ族向けCommunity Development Projectの進捗報告を行う予定でいます。


・・・一回の分量を長くすると続かない気がするので、今日はこの辺で。

最初の歓迎はCokaColaだった。
この国では水より安いその炭酸飲料が、サバンナの真ん中では何よりも美味く感じる。当然全く冷えておらず室温なのだが、そもそも「味」や「水分」が貴重なこの地では「甘い飲み物」は相当の贅沢だ。

一方で、結構大量に用意されているSoda(Coke,Sprite,Fanta,Stony等のCokaCola社製の炭酸飲料の総称)に軽い驚きを覚えた。3年半前には20Km手前の集落にしかなかったこの飲料がNaningoiにあるということは、とりもなおさず貨幣経済が導入されつつあることを意味する。無論、「昔ながらの生活」を強制する先進国の頭でっかちのNGOや善意の団体の希望と違い、現場の人々は非常に柔軟だ。「資本主義」と「伝統文化」。その二つが対立するのであれば、常に選択されるのはCommunityの将来にとって有意義な方。それは分かっているのだけれど、昔は懐中電灯や靴、時計等の日常品だけだった工業化の産物が、僅か3年半で嗜好品であるSodaまで及んでいることは特筆に価する、、、、もっとも前述のとおり水より安いので旱魃が続くこの時期、当然手に入れるべき水分だというだけなのかもしれない。

ただ、後で聞いた話によると依然TV局を通して日本に来たこともあるPakariはこの地でビールの販売を始めたらしい。わざわざNarokの町から数十キロを運んできて売っているのだから、これはもう立派にビジネス、Arbiterageだ。


そんな軽い休憩を終えた後、懐かしいNaningoiの校舎へ案内される。

・・・記憶の中から蘇ったかの様な風景。

広大な敷地に点在する青い屋根の建物、あまりにも小さな貯水タンク、遠くに見えるトウモロコシ畑。所々に見える新しい建物は、開発が着実に進んで居ることを示しているのだろう。

「帰ってきた」

そんな感覚に胸が熱くなる。


そして、いよいよ現在僕がSponsoringしているRetoyとの対面。
3年半前は彼女の存在を認識していなかったので、実質的に会話するのは初めて、、、柄にも無く結構ドキドキしている。実際、本当に緊張しているのは、遠方から来た異国人、自分の学業をサポートしてくれているSponsorに会う小学生の彼女の方に決まっているのだけど。

Re
「Thank you my dearlest sponsor, I'm happy to meet you」

徹夜で練習したであろうシンプルなその言葉は、今でも耳に残っている。
Nairobiのダウンタウンのど真ん中。
現地在住の日本人は決して近づかない場所に、マタツ乗り場はあった。

「地球の歩き方」を信じるのならば、夜になれば直ぐにでも襲ってくるであろう
ケニア人達の好奇の目を集めつつ、ナロク行きのマタツに身を滑り込ませる。
当然の様に押し寄せてくる物売りを適度にあしらいつつ、3年半ぶりに訪れる
Naningoiの地に、僕は思いを馳せていた。

 若かりし学生時代、何ももたない自分が単身乗り込んだマサイ族の大地。
 マサイ・マラの様な国立公園に居る人々とは一線を画した、伝統的生活を今も
 営み続けるPruko氏族の人々。
 悠久の時間を生きる彼らにとって、3年半という月日はさしたる意味を持たない
 のかも しれないけれど、抗し難い資本主義の波に真っ向から晒されている彼
 らが、いったいどのような変貌を遂げているのか。
 すべてが順調に行っていれば、氏族の歴史上初めて作られた小学校の卒業生が既に
 出ているはずである。
 それは取りも直さず、単身乗り込んだ自分の僅かながらの活動と、それを日本や
 ナイロビから支えてくれた人々の善意
が実りつつあることを意味するだろう。
 この訪問が今の自分に何をもたらすのかは分からないけれど、
 もう一度ここを訪れることがどうしても必要、そんな確信だけは抱いている。


Rift Varay

トヨタのハイエースに10人(!)の乗客を乗せた(しか乗せていない!)

豪華マタツは、気がつけば、標高1500Mから一気に500Mの断崖を下っている。

視力の限界まで延々と続サバンナと地平線。

なんとも言えず懐かしい気持ちになるのは、感傷が過ぎるのだろうか?



そして、穴だらけの国道を走ることおよそ2時間。
宿場町Ntuleleでマタツを降り、現地のHotel(食堂)でUgariとSkumawikiを食べた僕らは、いよいよ手配していた車に乗り継ぎ、Naningoiへの道なき道を進みだした。

雨季に何度も泥濘に嵌り、トラックを押しつつ一日がかりで踏破したこの道も、
どうやら今回は僅か数時間でたどり着けるらしい。
いよいよ舗装道路の必要性を痛感しつつ、サバンナをひた走る。


・・・記憶の片隅から顔をのぞかせる見覚えのある風景をいくつ数えただろうか。
自覚できるほど高鳴る鼓動を感じた僕の目の前には、あまりにも唐突にNaningoiの地が開けていた。


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